📋 目次
📖 この記事でわかること
- ✅ フィンランドの保育園と日本の保育園の根本的な違いがわかる
- ✅ 北欧の「人は人」という価値観の本質がわかる
- ✅ 子育ての肩の荷を降ろすヒントが得られる
「北欧の暮らしって、なんか素敵そう」「フィンランドの教育は世界最高」——そんなイメージ、ありませんか?
ところが、実際にフィンランドで子育てをした社会学者が書いた本『ヘルシンキ生活の練習』を読むと、その印象がガラリと変わります。
フィンランドは、優しいけど「冷たい」。でもその冷たさが、実は親の心を救うことがある——。今回は、この不思議な一冊の中身を紹介します。
著者がフィンランドに行った理由は「キラキラ」じゃなく「逃避」だった
著者のパクさんは社会学者で、日本国籍を持つ在日コリアン。お父さんが韓国人、お母さんが日本人のハーフです。
日本で育つ中で、自分は日本人なのか韓国人なのか、アイデンティティに悩み続けました。
転機は中学校のALT(外国人英語教師)との出会い。その先生はパクさんの国籍にまったく興味がなく、「お前はどれくらい英語を話せるんだ?」としか聞かなかった。
そこで「環境を変えれば、この悩みから解放されるかもしれない」と思い、海外移住を決意します。
「正直、極東から来た猿の一味くらいに思われても構わない。日本人から”朝鮮人は朝鮮帰れ”と言われるのに比べたら、地球の反対側で”イエローモンキーはファーイーストでバナナでも食ってろ”と言われる方がマシだ」
——キラキラした海外生活への憧れではなく、自分を救うための避難。それがフィンランド移住の動機でした。
重いテーマですが、本書はこの重さを疾走感のある関西弁とギャグで包み込んでいます。読み心地は驚くほど軽い。映画『オデッセイ』の原作のように、絶望的な状況なのに本人がふざけ倒しているあの感覚に近いです。
フィンランドは「人は人」の国。優しいけど冷たい
ヘルシンキで働くことになったパクさん、まず家探しで壁にぶつかります。
フィンランドでは、入居希望者の銀行口座やクレジット情報を確認して信用のある人に優先的に貸す仕組み。来たばかりで銀行口座すら持っていないパクさんは、どこにも住めません。
困って同僚に愚痴ったら「え、うちの職場に社宅あるよ?」と。
知らなかった……。担当者に連絡したら「ありますよ。気に入ったら住めばいいじゃないですか」とあっさり。
「大変でしたね。でも困っているなら困っているとおっしゃってください。そうでなければ私たちはあなたを助けることもできません」
親切に先回りしてくれるのが日本式だとすれば、フィンランドは「言ってくれなきゃ分からない」式。
これは冷たさなのか、それとも「人の選択に介入しない」という温かさなのか。本書を通じて何度も突きつけられるテーマです。
服装を聞いたら「重ね着ですね」と言われた話
職場でどんな服装がいいか聞いたパクさん。フォーマルかカジュアルかを知りたかったのに、返ってきた答えは——
いや、そういうことじゃない。
でもフィンランドでは、他人の外見にコメントすること自体が失礼。だから「フォーマルで来てください」とは言えない。その人が着たい服を着ればいい、という考え方なんです。
ちなみにそんな国で唯一、服装について指摘されたことがあります。それは——
「もう少し反射させてください」
フィンランドは日照時間が短い時期があり、外を歩くときに光を反射するグッズをつけないと危ない。だから「お願いだから反射させて」と言われたのです。ファッションへの口出しではなく、命に関わる実用的な指摘でした。
「子供を見てなくても悪い母親じゃない」——心が救われた瞬間
パクさんは2人の幼い子供を連れてフィンランドに移住。旦那さんは日本に残っている状態です。
ある日、パーティーに参加した時のこと。子供が走り回るので「あっち危ないよ」と追いかけていたら、現地スタッフにこう言われます。
「命に関わるほどの怪我をするほど危険な場所で、私たちはパーティーをしているわけではありません。今日ここにある食器は紙皿と紙コップばかりだから安心してください」
死ぬわけじゃないんだから、ほっとけばいい——。
パクさんが子供を見張っていた理由の6割は、実は「子供を見てない悪い母親だと思われたくない」という気持ちからでした。
日本では、子供が騒げば親の責任。ちょっと目を離せば「何やってるの」と言われる空気がある。
でもフィンランドでは「別に死なないし、ほっとけ」。
子供を見てなくても悪い母親じゃないんだ——その事実に、パクさんは救われたと語っています。
フィンランドの保育園は「親のため」ではなく「子供のため」にある
日本とフィンランドの保育園には、根本的な設計思想の違いがあります。
親が働いていて、家で子供の面倒を見られない→だから保育園に預ける
つまり「親のための施設」。親が育休を取ると保育園に通えなくなるケースも。
子供には教育を受ける権利がある→だから保育園に通う
つまり「子供のための施設」。親が働いているかどうかは一切関係なし。
日本に置き換えて考えるとわかりやすい。親が育休を取ったら上の子が小学校に行けなくなる——そんなことがあったらおかしいですよね。フィンランドでは、保育園もそれと同じ感覚。教育の場だから、親の就労状況は「知ったこっちゃない」のです。
雨だろうが氷点下だろうが、外で遊ぶ。準備物もすごい
フィンランドの保育園に子供を通わせるには、大量の準備が必要です。
- 雨具:カッパではなく、全身つなぎ型で絶対に雨を通さないもの
- 手袋:雪用と雨用の2種類
- 靴:運動靴・長靴・雪靴の3種類
- 帽子:日差し用と防寒用の2種類
なぜこんなに必要かというと、フィンランドでは雨が降ろうが氷点下だろうが、地面が凍っていようが、必ず外で遊ぶから。
フィンランドの人に言われた言葉がこちら。
格言のようですが、フィンランドの人にとっては当たり前の感覚。天気は変えられないけど、服装は変えられる。だから「悪い天気」は存在しない。合理的で力強い考え方です。
日本の保育園あるある:おむつに全部名前を書く地獄
ちなみに日本の保育園にも独特の大変さがあります。子供の着替えのストックを保育園に置いておく必要があり、補充を忘れると迎えに行った時に見慣れない服を着ている(保育園の予備服)なんてことも。
そして最大の苦行が——おむつ1枚1枚に子供の名前を書くこと。
フィンランドの保育園は冷たいのか、温かいのか
日本の京都の保育園にも子供を通わせた経験があるパクさん。比較して感じたのは、フィンランドの先生たちも優しいけれど、丁寧さや情熱は日本の保育園の方が高いということ。
日本の保育園は本当に手厚い。連絡帳は細かく、先生たちの気遣いもきめ細やか。
一方でフィンランドは「人は人」のスタンスが保育の場にも貫かれている。困っていたら助けるけど、先回りはしない。子供の自主性を尊重するけど、日本人から見るとちょっとドライに感じることもある。
でも——「子供を見てなくても悪い母親じゃない」と言ってくれる社会は、確かに誰かの心を救う。
フィンランドは理想郷ではない。日本が劣っているわけでもない。
ただ「こういう考え方もあるんだ」と知ることで、自分を縛っていた常識がゆるむ。それが異文化体験の本当の価値。
まとめ:「人は人」が冷たさにも温かさにもなる国
- 著者がフィンランドに行ったのはキラキラへの憧れではなく、自分を救うため
- フィンランドは「困ってるなら言って」式。先回りはしない
- 他人の外見や選択にコメントしないのが礼儀
- 保育園は「親のため」ではなく「子供の教育の権利」として存在する
- 天気が悪くても外で遊ぶ。「適切な服装をすれば天気が悪いなどということはない」
- 「子供を見てなくても悪い母親じゃない」——その一言が心を救うこともある
「〜しなきゃ」と思っていることを1つ書き出して、「これ、本当に必要?」と問いかけてみよう。
フィンランド式に言えば、「困ってるなら言えばいい。困ってないなら、それでいい」。
「フィンランドって”丁寧な暮らし”のイメージあるじゃん?でも実際に住んだ人の本読んだら、社宅あるのに教えてくれないし、服装聞いたら”重ね着ですね”って言われるし、結構冷たいんだよ。でもそれって”人は人”っていう考え方で、パーティーで子供見てたら”死なないんだからほっとけ”って言われるの。で、それ聞いた著者が”子供見てなくても悪い母親じゃないんだ”って泣きそうになったって話。冷たいんだけど、ある意味めちゃくちゃ優しいんだよね」

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