📋 目次
📖 この記事でわかること
- ✅ クリエイティブとビジネスの両立に必要な思考法がわかる
- ✅ 自分が面白いと思うことと人に伝わることのギャップの乗り越え方がわかる
- ✅ 大切なものが人生の中で消えていくメカニズムと向き合い方がわかる
30代のおじさん2人が、4ヶ月以上にわたって交換日記を続けている。
普通なら中学生カップルがやるものだ。
でも、その日記を読み合うことで見えてきたのは、創作の本質と人生で大切なものが知らぬ間に消えていくという深い真理だった。
交換日記4ヶ月で「自分の思考のクセ」が全部バレる
この交換日記は、もともと日記の本を紹介した際の特典として「1週間だけお互いに書こう」と始まったもの。
しかし楽しくなってしまい、4ヶ月以上続いている。
日記は推敲しない。思いついたことをそのまま書く。
だからこそ、書いている本人すら気づいていない思考パターンが浮き彫りになる。
- 日記は推敲しないから「生の思考」が出る
- 複数の日記を読み返すと、繰り返し現れるテーマがわかる
- 本人が自覚していない「コアの部分」が見える
たとえば堀元氏の日記には、毎回のように「トレードオフ」という表現が登場する。「こちらを立てればあちらが立たず」という締め方が何度も出てくる。
本人は全く気づいていなかった。
おそらく1日2回ぐらい「これはトレードオフだな」と思っているのだ。
「自分が面白い」と「人に伝わる」のベン図を探し続ける苦しみ
堀元氏はよく「ベン図」の話をする。
クリエイティブなものとお金を稼げるもの。その2つの円が重なる部分をやるのがプロの仕事だ、と。
日記を読むと、台本制作でもまさに同じことをしていた。
- 自分が面白いと思ったことを台本にしようとする
- でも「これだと伝わらないな」と気づく
- 「俺だけ面白いかも」という苦しみが何日にもわたって登場する
- それは自分が面白いと思うことと、他人が見ても面白いと思うことのベン図を常に探している証拠
具体例:ハッキングの台本で起きたこと
ある日の日記にこんな記録がある。
ゆるコンピューター科学ラジオでハッキングの話をしようとした。最初はいろんな手法を紹介するつもりだった。
SQLインジェクションもXSSもディレクトリトラバーサルも、全部「フォームから攻撃を書き込む」という点では一緒。バッファオーバーフローは説明が長い割に得られるカタルシスが少なくてコスパが悪い。
つまり、抽象化すると全部同じになってしまう。
最終的にはSQLインジェクションと辞書攻撃だけを紹介し、技術そのものではなく裏の思想に光を当てる方向で落ち着いた。
ベン図の重なる部分を探す営みは苦しい。でも、その苦しみの果てに生まれるものは美しい。
「出来かかっては消えていくのが創作だ」
面白いのは、違う日の日記に同じことを違う引用で書いていること。
- ある日は映画『映像研には手を出すな!』を引用して「出来かかっては消えていくのが創作だ」
- 別の日は伝説のプログラマー中島聡を引用して「全ての仕事はやり直しになる」
- 言っていることはまったく同じ
引用元は漫画とビジネス書で違う。でも結論は同じ。
これがまさに、日記だからこそわかる「その人のコアの部分」だ。
せっかく作ったものを捨てなきゃいけない悲しさ。脳内では完成していたのに、実際に作ると消えていく。
収録現場で自分が面白いと思った流れで話してみたら「あれ、思ったよりつまらない」と気づく。ニコニコ笑いながら「ごめん、やっぱここカットで」と編集さんに言う。
「俺だけが面白い」を捨てる勇気が作品を磨く
自分が面白いと思うことと、みんなに刺さることは違う。
この2人も、それぞれ「泣く泣く捨てたエピソード」がある。
- 堀元氏の場合:ファインマンの本に出てくる偉人のエピソード4つを紹介したかったが、「フェルミの話が一番面白くて他は弱い。ワンコーナーにならない」と判断して全部捨てた
- 飯田氏の場合:孤独な育児の本に令和の虎の出演者が登場して興奮したが、「視聴者には伝わらない」と判断して捨てた
- 飯田氏の別の例:本に自分の友達が何度も登場して「すごい重要人物だ」と思ったが、「俺の友達なんだよねって言うのは一番つまらない話」と気づいて全部捨てた
自分だけが面白いと思うことをそのまま出す
「俺の友達がさ」「俺だけ知ってるけど」を入れる
最初の構想に固執して全部盛り込む
「これ伝わるか?」を常に自問する
一番強いエピソードだけを残して他は捨てる
技術そのものより裏の思想に光を当てる
「岩は眠っている」──大切なものは知らぬ間に消えていく
飯田氏の日記の中で最も印象的だったのが、「岩は眠っている」というタイトルの回だ。
書き出しがいい。
車を新調した。中古車のヴェゼル、約160万円。5年ローンで細々と返済していく。妻に全任せをしていたので初めて実物を見る。でかい。
短文の連続。うっすら村上春樹のようなリズム。
奥さんとの何気ない会話が、人生を映し出す。
車を家に停めると、敷地内の木が邪魔だという話になる。
「切っちゃいたいね」と奥さんが言う。
でも飯田氏は「あれ、これいい感じの木だったはずだよね。だから残しといたんだよね」と返す。
奥さんは「そんな話してたっけ?」と驚く。
かつては大事だと思って残した木。でも車を買ったり日々に追われるうちに、大事じゃなくなっていく。結局チェーンソーで切ってしまう。
僕らの中には大事なものがあるんだけど、それはもっと大事なものにいとも簡単に負けてしまう。
有名な「壺の話」は不十分だ
自己啓発でよく出てくる「壺の話」がある。
- 教授が壺に大きな岩を入れる
- 学生に「これは満杯か?」と聞く
- 学生は頷くが、そこに砂利を入れるとまだ入る
- 教訓:大事なこと(大きな岩)を先に入れないと、後から入らない
でも飯田氏は、このエピソードは不十分だと気づいた。
僕らが大切だと思っていたものは、知らないうちに消えていく。壺の中がいっぱいに見えても、新しい岩は入る。入ってしまう。元々収められていた岩は、もっと大きな岩にすり潰されて砂に変わっていく。
大切に思っているものを、大切に思い続けられるのだろうか。
僕の壺の中で、岩はじっと眠っている。
昔はイベントを企画して、人が楽しむ場を作ることが一番好きだと思っていた。でもしばらくやらないうちに、その情熱は静かに消えていく。
誰にでも、そういう経験があるのではないだろうか。
日記を書くことで「自分のコア」が見えてくる
この交換日記から得られる学びをまとめよう。
- 日記は推敲しないからこそ、本当の自分が出る
- 繰り返し書いてしまうテーマが、自分のコアの部分
- 創作は「自分が面白い」と「人に伝わる」のベン図を探す営み
- 苦しみの果てに美しいものが生まれる(でもゴミは出せなくなる)
- 大切だと思っていたものは、もっと大切なものに簡単に負ける
「自分が面白い=みんなも面白い」と思い込む
大切なものは一度決めたら変わらないと信じる
日記を推敲して「いい自分」だけ見せる
「伝わるか?」を常に検証する
大切なものが変わる自分を受け入れる
日記は生の声のまま書いて、思考のクセを知る
スマホのメモでいい。今日あったことを推敲せずに5行だけ書いてみよう。
1週間後に読み返すと、自分でも気づかなかった「繰り返し考えていること」が見えてくる。
「自己啓発でさ、壺に大きな岩を先に入れろって話あるじゃん。大事なことを優先しろってやつ。でもあれ、実は不十分らしいよ。現実だと後から来たもっと大きな岩に、元の岩がすり潰されて砂になっちゃうんだって。昔すごい好きだったのに、いつの間にかどうでもよくなってるものってない?あれ、岩が砂に変わってるんだよ。」


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